7月1日(木) 朝 あの子は大田の病院から 出雲の病院へ帰ってきました。
今日は男性獣医でした。
副作用について心配することはない、と言うことでした。
私は「家へ連れて帰って目が見えるかどうか確かめてみます。」と言いました。
強制給餌はしなくてもいいということでした。
待ちに待った 久しぶりに家に帰れます。
病院から家まで 車の中でないていました。
うちへ帰りました。
家の中へ入れてやると、やせこけた弱った体で ヨタヨタと歩きながら家の中を見回って、それから外へ出ました。
庭もヨタヨタと歩いて回っていつものところで爪とぎもしました。
水も飲みました。
家の内外も変わってなくて安心したようで 庭のいすの上で眠ってしまいました。
私は久しぶりにブラッシングをしてやりました。
「久しぶりだからたくさん抜けるね 」
今思うと あの子にとって 久しぶりの平和な幸せな時だったと思います。
そして最後の幸せな時。
しばらくして庭をのぞいてみると、いすから降りて座っています。
どうしたのかとそばへ行ってみると 少し泡のようなものを吐いていました。
その時、ああやっぱり吐く症状は手術前と同じだ、やはり歯が原因ではなかったのだと分かりました。
その後、またいすの上で眠っていました。
強制給仕はしなくてもよいと言われたのですが、午後になって少しでも食べてほしいと思って 缶詰を口に入れてやろうと思いましたが 、食べませんでした。
いつも寝ているベッドに上がろうとしましたが、自分ではもう上がれそうになかったので 抱いて上げてやりました。
安心してベッドで眠りました。
あの時もう病院に帰すんじゃなかった、
今まで ずっと後悔してきました、あの病院は行くんじゃなかった、抜歯をするんじゃなかった、 輸血をするんじゃなかった、と。
あの時病院に帰したのが最後の最後の後悔でした。
あの時病院に帰さなかったら 車に揺られることもなかった、あの子は今生きていたと、
そしてもうあの状態ではもしかしたらどれほど生きられたか分からないけど、最後の日々は家で静かに穏やかに過ごせただろうと、

けれども時間になってベッドで寝ていたあの子を無理矢理 車に乗せて病院へ連れて行きました。明日もまたうちに帰れるから、。。。。

病院に着いて 院長の妻に 眠ってばかりいたこと、餌は食べなかったこと、水は飲んだこと、少し泡のようなものを吐いたことを報告しました。
院長の妻が明日も帰宅させる予定にすると言いました。
私は 「車の移動が心配だけど、院長が全然問題ないと言われたので それだったらお願いします。」と言いあの子を手渡しました。
それが生きているあの子を見た最後になりました。


最後の日

ペット医療ミス(高齢猫の手術、麻酔、抜歯、輸血の危険性)へ 


   


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